ゴリラ君との運命的出会い

ブログ「ゴリラ君との運命的出会い」の絵

私は子どもの頃、ぬいぐるみが好きだった(今も好きだ)。このため、旅行先でのお土産や誕生日プレゼントにぬいぐるみを選ぶことも多かった。あれは確か私が小学1、2年生の頃だったと思うが、私の誕生日プレゼントを探しに家族みんなでおもちゃ屋へ行った時のことである。

私は親に連れられて店内をくまなく見て回った。しかし、少し心惹かれるくらいのものはあったかもしれないが、どうしても欲しいと思うほどのものはなかった。どれもそこそこだけど決め手を欠くという場合、人は買い物で逡巡することになる。この場合の一般的な最善解は「買わない」ということだと思うが、誕生日プレゼントの場合はそうはいかない。年に1回のこの貴重な機会を棒に振るわけにいかない。そこそこのものであっても、買わないという選択肢はないのである。

私は、迷いながら、既に一巡した陳列棚をもう1度回り始めた。そのとき、そばにいた父が、棚の上の方を指さした。「あれ見て、大きいね。」父が指さしていたのは、巨大なゴリラのぬいぐるみであった。縦に1mくらい、横幅も80cmくらいはあった。私はそれを一目見た瞬間、心を奪われた。あれが欲しいと思った。そして私はそのことを父に伝えた。父は驚いていた。「えっ、あれ?あれがいいの?」多分、父としては、目を引く面白いものがあるというくらいの軽い気持ちで言ったのであり、誕生日プレゼントの候補として紹介したものではなかったのだ。

そのゴリラ君の価格は1万円であり、父の想定予算をオーバーしていることは明らかであった。しかし、当時、私はそのことに気づいていたかどうか記憶が定かでないが、仮に気づいていたとしても、親の財布事情に対する子どもなりの配慮(私は親の財布事情に対してそれなりに敏感な子どもであった)を吹き飛ばすほどのパワーをゴリラ君は発していた。私はゴリラ君を指さしながらもう1度父に言った。「あれがいい。」父は少し抵抗を示した。「本当にあれでいいの?さっき買おうか迷ってたやつはどう?もう1回そっちに行って見てみようか。」私はゴリラ君を指さしたまま三度(みたび)答えた。「ううん。あれがいい。」父は私の眼差しを少しの間見つめ返した後、言った。「わかった。あれにしよう。」

父は店員さんを呼んで、高いところに鎮座しているゴリラ君を買うことを伝えた。ゴリラ君は、私が抱きかかえると、私を覆い隠してしまうほどの大きさであった。私は、ゴリラ君を抱きかかえたまま最高に幸せな気持ちで店を出たことを今でも覚えている。

 ゴリラ君はその後、長い間、我が家のシンボル的存在と言っていいほどの存在感を放った。私が大きくなってぬいぐるみで遊ばなくなった後も、長い間、我が家のリビングのいすにどっかと腰を下ろし、我が家の歴史を見守った。人は、本当に自分にぴったりなものやどうしても欲しいものに対しては、理屈抜きでそれとわかるものなのだ。ゴリラ君との運命的出会いはそのことを私に教えてくれた。

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この記事を書いた人

日本の片田舎で、妻と子と暮らす40代の男です。
私が子どものときに起きたいろいろな出来事をブログ形式で投稿しています。気になるタイトルや絵(私が描いています)の記事があれば気軽に読んでもらえるとうれしいです。

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