私が小学生低学年くらいの時、キャンプ場で開催されているイベントに家族4人(父、母、兄、私)で遊びに行ったことがあった。そのイベントは「〇〇フェスティバル」と銘打たれており、普段はキャンプ場として利用されている広い野原のような場所に、かき氷や射的やヨーヨー釣りなどの露店が並び、ステージ上では芸人がステージパフォーマンスをするなどして賑わっていた。私は、子どもの時から、くじ引きが好きで、この時も露店でやっていたスーパーボール(床に落とすと大きく弾むゴム性のボール)のくじ引きを、兄と私がそれぞれ1回ずつさせてもらうことになった。
私と兄はスーパーボールくじをやっている露店の前に並び、景品を眺めた。景品は、1等~10等が特大サイズのスーパーボール、その次の順位が中くらいのサイズのボール、その後は小さいボールという構成となっていた。兄は3等の読売ジャイアンツ(プロ野球の人気球団の1つ)のマスコットキャラクターが描かれているスーパーボールが欲しいと言った。私は、特に目当ての物はなかったが、特大サイズのスーパーボールを当てたいと思っていた。
私たちの番がやって来て、まず兄がくじを引いた。兄がおそるおそるくじを開くと、「3等」と書いてあり、兄は目当てのジャイアンツのスーパーボールを獲得した。続いて私の番である。私は兄をうらやましく思いながら、祈る気持ちでくじを引き、引いたくじを開いて驚いた。なんとくじには「1等」と書かれていたのである。1等は黄色の蛍光色一色の無地のボールであった。もちろん、サイズは特大サイズであるが、3等のスーパーボールとサイズに違いはなかった。なぜ兄のジャイアンツのスーパーボールが3等で、私の無味乾燥な黄色一色のそれが1等になっているのか、最初よくわからなかったが、スーパーボールを地面に落として弾ませてみて、その順位付けがでたらめでないことが判明した。1等のスーパーボールは3等のスーパーボールより格段によく弾む物だったのである。それは私がこれまで獲得した歴代スーパーボールの中でも断トツの、本当に天まで届くのでないかと思うほどの弾み方で、正真正銘の「スーパー」ボールだったのだ。
その後、私と兄は、両親に自分たちがそれぞれ当てたスーパーボールを見せた。すると、おもむろに兄は、くじを引くときに起きた出来事を語り始めた。兄によると、くじを引く前に、兄は3等のジャイアンツのスーパーボールが欲しいと私に明言しており、しかも兄はその時ジャイアンツのロゴが入った黒のキャップ帽をかぶっていたので、お店の人はすぐに兄の目当てが何なのかわかった。そこで、兄がくじを引こうとする直前に、優しいお店の人は、これを引いたらどうかなと引くくじを勧めてくれ、兄はそれに従ってくじを引いたら3等が当たったのだという。
そんなことが行われていたことなどつゆ知らぬ私は驚きながら兄の話を聞いていたが、話にはまだ続きがあった。次に私の番になった時、お店の人は、私の目当ての景品はわからないが、とにかく兄と比べて小さな物が当たって残念な思いをさせないようとしたのか、私がくじを引こうとした時も、おすすめのくじをそれとなく勧めてくれていたのだと言う。しかし、私は、お店の人が勧めたくじではない別のくじを引き、それがなんと1等だったというのである。兄は、興奮気味にその一部始終を語った後、私はくじ運が本当に強いと賞賛してくれた。
鈍感で周囲が全く目に入っていない私は、お店の人がそのようなありがたいサインを出してくれていたことに全く気付かず、ただドキドキしながらくじを引いただけだった。その話を聞いた私の親は、「そのお店の人はおそらく5等とか6等とか、10等までの特大サイズのボールのくじを引かせてあげようと思ってそのくじを勧めてくれたのではないか。そうだとしたらお店の人も驚いただろうね。」とコメントしていた。とにもかくにもこの一件以降、我が家では、私はくじ運がめっぽう強いという評価となった。このため、何かくじ引きがあるたびに私が召喚され、くじを引かせてもらった記憶がある。その戦績はよく覚えていないが、私のくじ運に対する評価はその後も揺らがなかったから、もしかするとそこそこの結果を残してきたのかもしれない。
なお、私の他のブログのエピソードも読んでいただいている有難い読者の中には、「でも中学受験のときのあれは・・・。」と思われた方もいるかもしれない。ただ、中学受験時の出来事は、結果としては徒歩5分の公立中学へ行くことができて幸運だった(神様が私のためにそのように導いてくれた)と私自身は解釈しているので、「くじ運強い説」と特に矛盾するものでなく、反対にこれを補強するものであるというのが私の解釈である(物は言いようであり、解釈は捉え方次第である。なお、気になった方は以前書いたブログ「私の中学受験体験」ご参照)。
時が流れ、私は大人になり、先日、子どもと一緒に今では珍しい駄菓子屋さんに行く機会があった。お店に入ると、そこには懐かしいくじ引きがたくさんあり、その1つにスーパーボールくじがあった。私の子どもは景品がおもちゃのくじを1回やり、童心に帰った私もスーパーボールくじに1回挑戦した。「お父さんはくじ運強いんだよ、見てて。」と子どもに告げて、あの時のようにただただ心のままにくじを引いた。おそるおそるくじを開くと、結果は40等台であり、景品の中で最小サイズのスーパーボールを手にすることになった。私のくじ運は失われてしまったのか。もう無心でくじを選ぶことはできないのか。私の心は長い歳月の間に汚れてしまったのだろうか。期待外れといった顔でがっかりしている子どもの隣りで、小さなスーパーボールを片手に握りしめながら、今度こそは1等を当ててみせるとひそかに決意する私がそこにいた。
