カンダタ事件

ブログ カンダタ事件の絵

ファミリーコンピュータ(略してファミコン)が家にやってきたのは私が小学生の頃だった。ファミコンにまつわる思い出はいろいろあって、1回の記事では書ききれないが、今回はその中で世にも恐ろしい「カンダタ事件」をご紹介したいと思う。

「ドラゴンクエストⅢ~そして伝説へ~」といえば、ドラゴンクエスト(略してドラクエ)シリーズの中でも最高傑作との呼び声も高い名作だが、事件の発端は、このファミコンソフトを兄が誕生日プレゼントに買ってもらったことに始まる。それ以降、私と兄は、この面白すぎるロールプレイングゲーム(略してロープレ)に夢中になった。今のロープレはどうかわからないが、昔のロープレは基本的に1人プレイであり、兄がゲームをプレイし、私は隣りでそれを見るという形であった。ドラクエでは基本的に操作する主人公にプレイヤーが名前を付けることができるのだが、当然、主人公である勇者には兄の名前が付けられた。

さてさて、ドラクエⅢは長い物語である。このため、全面クリア(略して全クリ)までにとても長い時間を要し、1日のプレイでは到底全クリなどできない。したがって、次回プレイするときは、前回のプレイの続きから始めることができるようになっている必要がある。このプレイヤー側の需要に応えるシステムとして、それまでは「パスワードシステム」が用いられていた。すなわち、ソフトがその日のゲーム終了時にその時点まで進行したゲームデータをパスワードという形で還元して表示し、プレイヤーはそれをメモして保存する。そして、次回プレイするときに、そのパスワードを画面に正確に入力して前回までのデータを呼び起こすことで、前回の続きからゲームをプレイすることが可能になるというシステムが採用されていた。しかし、これはプレイヤーにとって大変面倒な作業となる。特にパスワードが長い時はもはや苦行に近いといってもいいだろう。

そこで、ドラクエⅢでは、このパスワードシステムに代えて、「セーブ」という新たなシステムが採用されていた。これは、ゲームの終わりに王様のところへ行き、「データをセーブしてゲームを終える」(実際には「冒険の書に記録する」だったかもしれないが意味は同じである)を選択することで終了時のデータがソフトに保存され、次回ゲームをするときには自動的にセーブされたデータが呼び起こされるため、終了時のパスワードのメモや開始時のパスワードの入力といった面倒な作業なしにプレイヤーは続きからゲームを再開できるというわけである。そういう意味では極めて画期的なシステムなのであるが、ドラクエⅢが採用したこのシステムも、今のゲームと比べると大きな難点を抱えていた。それは主人公が王様のところに行って「セーブする」と言うまではデータが保存されないということである。この問題点が今回の事件を引き起こす元凶となったのである。

あるとき、私はいつものように兄の隣りで兄のプレイをどきどきしながら見守っていた。物語は1つの佳境を迎えていた。「カンダタ」という悪名高きモンスターが洞窟の奥におり、主人公にはカンダタを倒すというミッションが課せられていた。兄は、勇者として、戦士、僧侶、魔法使いという仲間を引き連れ、モンスターと戦いながら洞窟へ向かい、洞窟に入ってからもしばしば出現するモンスターを倒してようやくボスのカンダタにたどり着いた。しかし、カンダタは想像以上に強く、兄のパーティーのレベルでは倒せるか倒せないかというぎりぎりの状況であった。しかし、このとき兄のパーティーは力を合わせて、辛くもカンダタを撃破したのであった。

もっとも、これで安心することはできない。洞窟を抜け出して城まで行き、王様のところにたどり着いて初めてデータをセーブできるのである。この壮大なファンタジーの中に突然出てくる「王様に対してセーブすると言う」という手続上の現実的な要請に対しても、柔軟な子どもの脳は、フィクションから現実への切り替えを難なく行い、王様のもとへ向かうのである。

さて、話を兄がカンダタを倒した時点に戻そう。洞窟にいるボスを倒した場合の王様への最短ルートは、リレミト(洞窟から一瞬で洞窟の入口まで戻る呪文)→ルーラ(行きたい城や町へ一瞬で移動する呪文)の順に使用することであるが、確かこのとき兄のパーティーは、この呪文を使えるキャラクターのマジックポイント(呪文を使うための能力値)を、カンダタ討伐に至るまでの死闘の中で使い尽くしてしまい、この呪文を使うことができない状態だった。そうなると、パーティーはモンスターが出現する道をまた歩いて帰らなければならない。カンダタを倒した兄の疲弊したパーティーが洞窟の入口に向けて歩き始めたとき、ついにその事件は起きたのである。

兄の隣りでカンダタ攻略までの推移を見守っていた私は、確かトイレに行くためか何かの理由で、イスから立ち上がった。そして、その場から立ち去る時に私の足がファミコンから延びている線に触れてしまったのだ。ファミコンをしたことがある人ならわかると思うが、ファミコンというのは非常にデリケートな機械であり、プレイ中にファミコンに少しでも衝撃を与えると、ゲーム画面はフリーズして永久に動かなくなり、リセットボタンを押して一からやり直しとなる。私が立ち上がって移動しようとしたとき、まさにそれが起きてしまったのだ。カンダタをやっとかっと倒し、後少しで王様のもとへたどりつけるという矢先に、私はその日のプレイ開始時からの全データを飛ばしてしまったのである。それまでの苦労を一瞬で無にされ、怒りに我を忘れた兄は、憤怒の表情で私をにらみつけ、私に一言こう言い放った。「死にたいんか!

私は兄にとにかく謝った。兄の怒りが静まるまで時間がかかったが、やがて怒りはおさまっていった。しかし、私は、ドラクエⅢの凶悪なモンスター「カンダタ」よりもっと恐ろしい気持ちを味わったこの事件のことを一生忘れないだろう。現代のゲームでは決して起こりえなかった、当時のゲーム技術の不完全さが生み出した悲劇であった。

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