シーッ、パッ

ブログ「シーッ、パッ」の絵

私の母は迷信を信じている人であった。母の弁によれば、母がまだ小さい時分に、母の母(私の祖母)から常日頃、迷信を聞かされ続けたことが原因であるということであった。私も小さい頃、普段の生活の中で母から迷信をよく聞いたものだ。例えば、夜につめを切ろうとすると、「夜につめを切ったら親の死に目に会えなくなるからやめておきなさい。」と止められた。家の中に小さなくもが出た場合、その時間帯が朝であれば「朝のくもは縁起がいいので殺してはいけない。」と言われ、夜であれば「殺しても構わない。」と言われた。自分の指先にささくれができると「親不孝の証拠」と指摘された。これらの数々の迷信の中でも1番印象に残っているのは、「シーッ、パッ」である。 

これは、縁起の悪い話、例えば事故に遭うとか試験に落ちるとかそういう仮定の話を母としている時に、母が突然思い出したように、「シーッ」と言いながら、手で私と母の間の空気をかき集めるように動かし、次にその空気をつかむように握りこぶしを作ってから、今度は、その握った手を、「パッ」と言いながら窓のあるほうへ向けて勢いよく開いて、空気を外へ追い出すようなジェスチャーをするというものである。

母とすれば、言葉が交わされていた辺りの空気を集めてそれを外に追い出すことで、仮定でしゃべっていた縁起の悪い話が現実のものにならないようにするための儀式であった。母は、ある時には、「パッ」と窓の外へ縁起の悪い話を追いやった後に、「待て待て、あっちは〇〇さん(気が強いと母が思っていた近所の人)の家があって強くてはね返ってくるかもしれないから、こっちにしよう。」と言って、「おいでおいで」というジェスチャーで空気を呼び戻してから、あらためて別の方向へ向けて「パッ」とすることもあった。

現在、私の家では生活の中で迷信を言うことは少なく、私の代で迷信はだいぶ薄まってきているように感じるが、それでも幼少時の教育とは恐ろしいもので、この「シーッ、パッ」は私もたまにやってしまう。やらないままに済ませておくのがどうにも気持ちが悪いためだ。先日、妻がリビングで「シーッ、パッ」をやっているのを目撃した。我が家の伝統は脈々と受け継がれているようである。

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