私は子どもの時から寝つきのよいほうではなかった。小学校高学年の頃だったと思うが、なかなか寝つけない夜があった。眠ろうとすればするほど目が冴えてきていっこうに眠れる気配がない。その時、本当に突然、死についての考えが頭に浮かんだ。そして、それが頭から離れなくなった。人はいつか必ず死ぬ。ということは自分もいつか必ず死ぬということだ。その事実を考えるとうまく飲み込めず、私は混乱した。
「私がいつか死ぬ?」死ぬということは、この世からいなくなるということだ。私という存在が消えてなくなるということだ。そうだとすると、死んだら、こうやって今、死について考えている自分もいなくなるということにならないか。私はそのことが信じられず、狐につままれたような不可思議な感覚に襲われた。「私がいなくなり、世界は続く?そんなはずは・・・」こうやって私は、死という厳然たる事実の周りをうろうろしながら、どうにかそれを把握しようとするのだが、どうしてもうまく飲み込めない。人はいつか死ぬというのは、もちろんそれまでも周りから聞いて知ってはいたものの、この時まではそのことについて考えることはなく、いわば念仏のようになっていた。それがこの夜に初めてその事実に思いを巡らせることになり、その事実の持つ意味にはたと気づいて呆然としたのである。
私は、この時まで、自分の人生がある時点で途切れてその先がなくなり、しかもそのなくなった状態が永遠に続くということを全く意識せずに生きてきた。自分の人生はずっと続いていくものであるという漠然とした認識のもとに日々を過ごしていた。そして、今でも日常生活を送っているときはそうだ。人間の脳は、目の前の現実世界を何とか生き延びるために、普段は将来の死について考えないようにできているのかもしれない。しかし、「人はいつか死ぬ」という事実は、本当は、人生の真理の中でもとりわけ重要で、できる限り忘れないようにして、目をそらさず直視しなければならないことであるように思う。
だから、私は、今では毎日、自分が死ぬことについて、そして自分の死後もつつがなく変わりなく続いていくこの世界について、少しだけ時間をとって想像するようにしている。今日こうやって生きていることの希少さを思い出すために。

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