私の中学受験体験

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私は小学6年生の時から塾に通い始めた。塾に通い始めたきっかけは、兄が塾に通うというので、その見学のため親と一緒に私もついて行ったことによる。見学に行くと、兄は入るクラスを決めるためそのままクラス分け試験を受けることになった。その間、私は暇になった。そこで、親に促されてだったか、塾の人に促されてだったか覚えてないが、私も小学6年生のクラス分け試験を受けてみないかと言われ、人に流されやすかった私は(今もそうだが)、言われるままに試験を受けることになった。

その後、試験の結果が返ってきて、父から、せっかくだから塾に行くのがよいと言われたのではなかったかと思う。今思えば、何が「せっかく」なのか謎であるが、もしかすると父は始めから私を塾に通わせるつもりだったのかもしれない。そんなことに気づかない私は、ここでも父に言われるままに塾に通うことになってしまったわけである。

ところが、私が行くことになったクラスというのは、中学受験を目指す生徒が集まるクラスであった。中学受験など考えたこともなかった私は、さすがにこの事実を知って、父に少し抵抗を示したのでないかと思うが、父から、「受験をするつもりがなくても、そのようなレベルの環境の中で授業を受けることはためになると思う。」とかなんとか言われて、結局私は、小学6年生の1年間、市内のいろいろな小学校から中学受験を目指す生徒が集まる特進クラス(受験クラス)に通うことになった。

その後、まじめだった私は、1度も欠席することなく塾に通った。そのクラスでは予習をしてくることが当然に求められていたため、私はしっかり予習して毎回の授業に臨んだ。その年の秋頃に、塾と親との間で、受験する学校を決める進路面談のようなものが行われたのだったか、詳細は覚えていないが、とにかくその頃にまた私は父から話があると呼び出され、「せっかくだから中学受験してみてはどうか。塾の先生からも、受験すればどこの中学でも受かると言われた。」と言ってきた。

私は、当時、歩いて15分ほどの公立小学校へ通っており、同級生は卒業すると、その小学校の近くにある公立の中学へ進学することになっていた。その公立の中学校は、私の家から歩いて5分の距離にあった。私は当然みんなと一緒にその中学校へ進学するものと思っていた。このため、私はさすがに最初は受験することについて難色を示したように思う。しかし、ここでも父から、「今まで努力してきた成果を何かの形で残してみるのがいいのでないか、力試しと思って受ければいい。最終的にどちらへ進学するかは受験した後に決めてもいい。」というようなことを言われた。情けないことに父に逆らうことができない私は、言われるまま中学受験することに決めた。父の期待を裏切りたくないという気持ちもあったかもしれない。

受験する中学校の候補の中には中高一貫の名門私立中学もあったが、私は、いくら何でもそのようなハードなところはちょっとという思いが内心あり、親も、この先、親の仕事の都合で私が途中で転校する可能性があるということで、中高一貫校ではなく通常通り3年制の国立の附属中学校を受験することになった。

その附属中学の受験システムは、なぜそのようなことになっているのかわからないが、最初に抽選によって受験生をふるいにかけて、抽選で受かった受験生に学力試験を受けさせ、さらに面接・実技などの試験を経て、最終合格者を選抜するという試験内容であった。

そして、私は、なんとなんと、この最初の抽選で落ちたのである。抽選で落ちる人数は全体の人数からすると数%か多くても1割くらいであったように記憶している。私は中学受験にもともと積極的でなかったが、さすがに落ちた時は呆然とした。まさかという感じだった。父の言っていた、今まで頑張ってきた成果を出す機会すら与えられない状況となったわけである。私は父の「力試し論」に納得していたわけでなかったので、力試しをする場が与えられなかったこと自体には何の悔しさもなかったが、抽選で落ちて試験も受けられないという自らの境遇にただただショックを受けたのである。

私が抽選で落ちたその日にも塾の授業があり、親は今日は休んだらいいのではと言ってくれたが、私は特に休む理由が思い当たらなかったので(そもそも中学受験に合格する目的で塾へ行っていたわけでないため落ちたからといって行かないという発想にはならなかった)、通常通りその日も塾へ行った。私が教室に入ると、もう私が落ちたことが伝わっていたのだろう、みんな私を見てざわっとした空気になった。私は、学力試験すら受けないまま抽選で落ちたという不遇を同情されている気がして、いたたまれない気持ちになったことを今でも鮮明に覚えている。

受験クラスで社会科を担当していた先生(私はその先生の授業をとても気に入っており、私が慕っている先生の一人だった)が、授業の小テストの時間中に私の机のもとにやってきて、私の席のかたわらに中腰で座り、話しかけてきた。先生は、附属中の結果が残念だったことをねぎらったうえで、「まだ受験日が来ていない中高一貫の私立中学を受験してみないか。」と言ってきた。そして、「このままではあまりに不完全燃焼だと思うのだが、どうか。」と付け加えた。

しかし、小学6年生になり、成り行きでついていった塾で兄を待つ間にテストを受け、父に言われるまま受験クラスに通うようになってから、次々といろいろなことが私に押し寄せ、それらをただ懸命にこなす日々の中で(受験クラスについては機会があればまた書きたいと思うが、毎週の通常の授業のほか、夏休みは夏期講習、冬休みは冬期講習、休日には模試があり、その他にも例えばお正月には頭に必勝のはちまきを巻いて正月特訓講座なるものを受講したり、筆記試験後に実施される面接や運動試験の対策講座も受講したりした)、私はとても疲弊していた。もう十分だと思った。先生は不完全燃焼というけれど、私の中にはそんな感覚は全くなかった。私はむしろ燃焼し切っていたのである。

結局、私は先生のありがたい申出を断り、歩いて5分の公立の中学へ進学することになった。事は収まるべきところに収まったのである。今から冷静に振り返ると、私は親を含め周囲の大人に翻弄されたということになるのかもしれない。しかし、私は、父にそそのかされて受験クラスに1年間通ったことも、中学受験をしたことも(抽選試験しか受けていないが)、その結果を含めて特に後悔していない。父も、私のためになると思ってそのようにしたのだろうと思うし、周りに流されるままであったとはいえ最終的には自分が受け入れたことなのだ。そして、その激動の1年間を振り返ると、受験クラスに通っていなかったら経験できなかったいろいろな経験をすることができた(受験クラスで他校の個性豊かな友達と知り合うこともできた)という意味では、よい経験をさせてもらえたと今は捉えている。人間万事塞翁が馬である。それにしても試験を受けてないのに受験に落ちるなんてことあるんですね。

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