ベランダの思い出

ブログ「ベランダの思い出」の絵

私が小学生の頃に住んでいた家には庭に面したベランダがあった。そのベランダは、床が白色のデッキパネルでできており、その周囲に茶色の柵が設けられていた。そして、その柵の一部分は、片側が簡易に留めてあるだけの扉になっており、留め具を手で外すと、その扉を前に押し開けて、ベランダから庭へ出られる造りになっていた。私は、なぜかわからないが、最近このベランダのことをよく思い出す。

私がまだ幼稚園に通っている頃は、このベランダでおもちゃの赤い車にまたがり、足でこいで車を走らせて遊んでいたおぼろげな記憶がある。ベランダはそれほど広くなくすぐ行き止まりになるので、方向転換して端から端まで何十往復もしていた。

少し大きくなって小学生の頃、時間を持て余すと、用もないのにこのベランダに出て、柵の手すりにつかまり、ぼんやり外を見ていたことが幾度となくあった。

ある時には、ベランダから庭へ出る扉の留め具を外したうえで、その扉に飛び乗り、前後に動かして扉を乗り物として遊んでいたこともあった。そうやって遊んでいるところを親に見つかると、「乗っている重みで扉が壊れるからやめなさい。」と怒られた。

夏の夜に外で花火の音がすると、家族みんなでベランダへ出て、そこでしばらくたたずんで、家と家のすき間から打ち上がる花火を見ていたこともあった。私は、外から予期せぬ花火の音が響いて、それにつられてベランダで花火を見るのが、ぼんやりした日常に突然イベントが発生したようで、とてもうれしかった。

このベランダは建物内の和室とつながっており、私の家では、冬の季節以外、だいたいこのベランダと和室の間のガラス戸が開いており、ガラス戸に取り付けられた網戸だけ閉まっているという状態であった。このため、家にいるときでも、ベランダから網戸を通して入ってくる日の光や風のにおいや虫の声などが聞こえてきた。

少年時代を通して、このベランダで特に何か印象深い出来事が起きたということはなかったと思う。しかし、私の少年時代の心象風景の中には、このベランダで過ごした時の記憶が一定のスペースを占めている。ベランダでぼんやりと過ごした何もしない時間を思い出すと、その時感じていたいろいろな感情が、光や音や匂いの記憶とともによみがえってくる。そういった思い出が自分の胸にしまわれていて、時々それを思い出して懐かしい気持ちになるのはとても幸せで素敵なことだと思う。年はできるだけとりたくないものだが、懐かしく振り返ることができる思い出が増えていくという意味では、年齢を重ねるというのもまんざら悪いことばかりではないようだ。

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この記事を書いた人

日本の片田舎で、妻と子と暮らす40代の男です。
私が子どものときに起きたいろいろな出来事をブログ形式で投稿しています。気になるタイトルや絵(私が描いています)の記事があれば気軽に読んでもらえるとうれしいです。

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