2026年– date –
-
神々の戦い①(青空給食編)
神々の戦い①(青空給食編)
小学校の生徒にとって学校の先生はほとんど絶対的な存在である。「先生のいうことは全て正しいこと」と純粋に思い込んでいた小学生の頃の私にとって、印象的だった学校での出来事がある。それは、私が小学3年生くらいのときに起こった。 私が通っていた小... -
数学の先生らしい先生
数学の先生らしい先生
私が中学生の時に1年間クラスの担任だった先生は、30代前半の男性の先生で、教える科目は数学だった。その先生はとても厳しい先生で、服装がだらしなかったり、校則を守らない生徒に対しては、自分のクラスの生徒であるか否かに関わらず、容赦なく叱り... -
忌まわしき平均台
忌まわしき平均台
私は平均台が苦手であった。平均台というのは、幅10cmほど、長さ3mほど、高さ50cmほどの細長い板でできた台で、その細長い板の上をバランスをとりながら端から端まで歩いて渡るための器具である。平衡感覚を試すために開発されたものでないかと... -
祖父の記憶
祖父の記憶
私の祖父はせっかちな人であった。どれくらいせっかちであったかというと、母の話によれば、祖父母らが正月に我が家にやって来た時、祖父は、和室でほんの少しの時間を過ごしたかと思うと、もう帰るぞと言って立ち上がり、次の瞬間には玄関で靴を履いて祖... -
魔の草むら
魔の草むら
私が育った家には芝生の庭があり、小学生の頃、その庭で兄や友達とよく野球をした。もちろん、野球と言ってもそこまで広い庭ではないから、投手が庭の端からゴムでできた柔らかいボールを投げ、もう片方の端にいる打者がプラスチックのバットで来た球を打... -
恐怖の忍者屋敷
恐怖の忍者屋敷
小学生の頃、家族4人で忍者村的なところへ行ったことがあった。「忍者村的」と表現したのは、どこにある何という施設であったのか覚えていないためであるが、とにかく私は忍者村的な施設へ遊びに連れて行ってもらい、そこで忍者屋敷迷路に参加した。迷路... -
テストにまつわるエトセトラ
テストにまつわるエトセトラ
私の父は勉強に厳しかった。返却されたテストは全て親に見せなければならなかった。私は学校の勉強が特に苦手というわけではなかったが、父の求める水準は非常に高く、基本的に「100点とって当たり前、100点以外は許さない」というスタンスであった... -
さるのかき氷機
さるのかき氷機
私が子どもの頃に住んでいた家には、手動のかき氷製造機があった。そのかき氷機は、色は淡いブルー、形はかわいい顔をしたさるの格好をしていた。さるの頭の部分から氷を入れてふたを閉じ、ふたについている回転レバーを時計回りに回すと、レバーの底につ... -
手品
手品
小学生の頃、私の家では、親戚(祖父母やいとこ)を自宅に招いて、冬にクリスマス会を開催したことが何度かあった。クリスマス会といっても、ケーキやご飯を一緒に食べるだけでの会ではない。私たち主催者側のほうで、プログラムを作り、ゲームや手品など... -
テレビ音量とダイバーシティ
テレビ音量とダイバーシティ
私は、子どもの頃、週に1度、兄と一緒にバスでスイミングスクールへ通っていた。しかし、兄は小学校を卒業するタイミングでスイミングをやめてしまったので、その後は私一人で通うことになった。これにより、もともとスイミング自体苦しかったのに、バス...