私の祖父はせっかちな人であった。どれくらいせっかちであったかというと、母の話によれば、祖父母らが正月に我が家にやって来た時、祖父は、和室でほんの少しの時間を過ごしたかと思うと、もう帰るぞと言って立ち上がり、次の瞬間には玄関で靴を履いて祖母を待っていたというエピソードが残っているほどである。私は、親から、この祖父と顔、性格、嗜好などがどこか似ていると言われていたこともあって、祖父にはどこか親近感を持っていた。祖父はあまり多くを語らない人で、私は祖父とじっくり話したことは1度もなく、祖父が亡くなるまで祖父の性格はわからないままであった。
もっとも、私が祖父のことでよく覚えているエピソードが1つある。それは、私が、母と2人で祖父母の家を訪れたときのことであった。その日は暑い夏の日で、祖父母の家に到着した私たちが中へ入ろうとした時、玄関近くのところにカマキリがいるのを見つけた。それはとても大きなカマキリで、私が今まで見た中で最大のカマキリと言っても過言ではなかった。その後すぐに、家の中から祖母が出てきて私たちを迎え入れてくれ、母は玄関で靴を脱ぎながら、すぐそこに大きなカマキリがいたという話を祖母にしていた。
中に入った私たちは、いつも祖父母の家を訪問するときはそうするのだが、祖父が普段座っているテーブルの前に座り、奥に座っている祖父に「こんにちは」とあいさつした。祖父は笑顔で一言あいさつを返した後、すぐに立ち上がり、その部屋からいなくなった。それから、祖母が台所からグラスに入った冷たいお茶を出してくれた。そして、テーブル中央に置かれた茶色の盆の中に入っている、入手先も入手時期も賞味期限も一切不明の、今まで食べたことのないお菓子もあわせて差し出され、食べるよう勧められた。私は、正直食べたいと思わなかったが、固辞しても食べるようしつこく勧められることがわかっていたので、その事態を回避するためお菓子を1つだけ口の中に入れたが、案の定おいしくなかった。どうして祖母というものは、孫にいろいろな物を食べさせようとするのだろう。そして、どうして祖父母の家で出されるお菓子はあまりおいしくないのだろう。これは多かれ少なかれどこの家でも共通の現象ではなかろうか。
そんなこんなで出されたお菓子をやむなく口に入れていると、突然、祖父が私たちのいる部屋に戻ってきた。なんとその右手には、家に入る前に見つけた巨大カマキリが握られていた。カマキリは祖父に首根っこをつかまれ、嫌がるように体を反らしたり、胴体をひねったりしている。驚いた母は祖父に、そのカマキリどうしたのと聞くと、祖父の後ろから続いて入ってきた祖母が、私たちが家に入る時にカマキリを見て喜んでいたと教えたら、それを聞いた祖父が私にカマキリを見せてあげたくてついさっき捕まえたのだという。
私は、祖父に捕まえられたまま激しい抵抗を見せている巨大カマキリを目の前にして唖然としていたところ、一瞬、カマキリが両手の鎌を後ろに大きく振ったように見えた。それと同時に祖父はカマキリを持っていた手を反射的に後ろに引いた。その直後、ポトリとカマキリは畳の上に着地した。祖父の指を見ると血がにじんでいた。カマキリの鎌によって祖父の指は負傷したのだ。しかし、祖父はその直後驚きの行動に出た。畳に落ちたカマキリめがけて今ほど傷つけられたばかりの血ののじんだ右手を伸ばし、再びカマキリの首根っこをつかんで捕獲した。そして、祖父はそのまま私に近づいて私の目の前にカマキリを再び持ってきて見せようとした。私が驚きのあまり何も言えないでいると、母が「お父さん、もういいよ。十分見たからもう逃がしてあげて。」と言ったので、我に返った私もあわてて、「うん。もう十分見たよ。ありがとう。」と言うと、祖父は、意外そうな顔で、もういいのかと言って、カマキリを手に持ったまま部屋を出て行った。カマキリを逃がしに外へ行ったのだろう。
その後、祖父は部屋に戻ってきて、祖母から指の治療を受けた。祖母は、祖父の指を消毒した後、ばんそうこうを巻き付けながら、「硬くてぶ厚いじいちゃんの手を切り裂くとは、あのカマキリはただものではない。」というようなことを言った。祖母曰く、祖父は、若い頃、個人事業で金属加工の仕事をしており、作業は全て手仕事であったため(余談だが、祖父はものすごく手先が器用な人で、機械よりも正確に加工することから依頼が殺到していたという)、度重なる仕事の過程で、祖父の手は誰よりも皮が分厚く頑丈なものになっていったのだという。だから、そのような祖父の硬い皮膚を深く切り裂いたカマキリに驚嘆したということである。私もカマキリを捕まえようとして鎌で指を切られたことがあったので、あんなふうにカマキリを長時間素手でつかんでいたら、切られるのはやむを得ないように思うのだが、「あのじいちゃんの手を切り裂くとは」というこの時の祖母の言葉が、なぜか私の頭に今でもこびりついて離れない。
それはそうと、私のためを思って即刻カマキリを捕まえてきてくれた祖父のその時の行動を思い出すとき、せっかちな祖父らしいなという感慨とともに、孫のためにそこまでやってくれるなんて有難かったなという感謝の念がわいてくる。一般に、孫にとって祖父母の行動というのは、おいしくないお菓子を勧められることもそうだし、スイカを最後まできれいに食べるように注意されること(ブログ「祖母とすいか」参照)もそうだが、若い時にはその有難さが伝わりにくく、時には迷惑とさえ感じるものだが(それも仕方のないことだ)、年を重ねるとようやくじんわりと有難みがわかってくる、そういうものなのかもしれない。
祖父は10年以上前に他界しており、この時のことを祖父が覚えているか、どうしてあんな行動に出たのかといったことなどを聞くことはもうできないけれど、私の記憶の中では右手に巨大カマキリを持って現れた祖父の顔が、今でも脳裏に焼き付いている。そして、この祖父のカマキリのエピソードは、私の子どもにも伝えており、祖父に会ったことのない私の子も、興味津々という顔でこの話を聞いていた。それ以来、我が家ではこの祖父のことを「カマキリじいちゃん」と呼称している。この「カマキリじいちゃん」のエピソードが、子のさらに下の世代にも伝承されていったらうれしい。
