忌まわしき平均台

ブログ「忌まわしき平均台」の絵

私は平均台が苦手であった。平均台というのは、幅10cmほど、長さ3mほど、高さ50cmほどの細長い板でできた台で、その細長い板の上をバランスをとりながら端から端まで歩いて渡るための器具である。平衡感覚を試すために開発されたものでないかと推測するが、私はこれが大の苦手であり、端から端まで無事渡り切ったことがなく、道の途中で必ずバランスを崩し、地面に落ちてしまう。私は生まれつき平衡感覚が乏しく、自転車に乗れるようになるのにも時間がかかった。今日はそんな平均台が引き起こした悪夢をご紹介したいと思う。

それは幼稚園の頃だったか、あるいは小学校低学年の頃の運動会での出来事だった。運動会の競技の1つに障害物リレー競走があり、私はこれに出場しなければならなかったのだが、運の悪いことに、私が走る区間の障害物の1つに平均台があった。障害物リレーが始まり、やがて私の番になった。私は前方やや遠くに見える平均台を不安な思いで見つめながら、前の走者からたすきを引き継いで走り出した。前方で待ち構える障害物のうち、跳び箱や網くぐりなどは難なくクリアできたし、私は短距離走はそこそこ速かったので、障害物のない場所では、前を走る競争相手との距離を縮めることさえできた。

しかし、そうやって順調に走行していた私の前にいよいよ平均台が現れた。私は祈るような気持ちで平均台の端から歩き始めたものの、案の定、左右のバランスを崩して平均台の上から地面に落ちてしまった。この障害物リレーでは、平均台から途中で落ちた者は最初から渡り直さなければならないという過酷なルールとなっていた。私は、焦る気持ちを抑えられないまま最初に戻り、また平均台を端から渡り始めた。私以外に、この平均台ゾーンで手こずっている者はおらず、みんな1回で渡り切って先へ進んでいる。リレーという競技は個人のミスがチームの順位に直接影響を与えるため、私は余計に焦った。

しかし、2回目も途中で平均台から落ちてしまい、3度目の正直という気持ちで挑んだ3回目も、最後まで渡り切れずにやはり途中でぐらついてしまい振り出しに戻ってしまった。私はグラウンドにいる全員に見られている気がした。「一体あいつはあそこで何をもたもたしているんだ」という声が聞こえてくるような気がした。4回目のトライで、なんとか平均台の3分の2あたりまで行ったが、またバランスを崩しそうになり、これでは永久に終わらないと思った私は、本当はルール違反なのかもしれないが、とっさの機転で、前方へ大きくジャンプして、残りの3分の1の平均台を飛び越え、その先にある地面にダイレクトに着地した。平均台ゾーンには審判係が立っていたが、ルールの範囲内の行為だったからなのか、ルールの範囲内の行為かどうか判断がつきかねたからなのか、あるいは、これ以上私にやらせても永久にクリアできないと判断したのか、とにかく係の人は私のこのプレーを何も言わずに見逃してくれたため、私はようやくこの地獄のトライアルを終えて、私の到着をやきもきしながら待っている次のリレー走者へたすきをつないだ。

この一件以来、私の人生にとって平均台は、それを目にするのも嫌なほど忌まわしい物の1つである(幸い日常生活を送っていて平均台を見る機会はほぼないが)。一体誰があんなものを作ろうと思いついたのだろう、端から端まで渡ったからといってそれが一体何だと言うのか、その何が楽しいのか、さっぱりわからない。そんな平均台に対する苦々しい思いを抱えたまま、私はその後の人生を過ごしてきたが、先日、自分の子どもと一緒に歩いているとき、子どもが車道と歩道の間の一段高くなった細長いコンクリート部分を楽しそうにバランスをとりながら歩いているのを見て、平均台を制作した人も、子どもが楽しそうに遊んでいるのを見て遊具として考案したのかしらと想像したりもした。もしそうなら、平均台を考案した人に罪はないかもしれないなどと考えていると、子どもが私のほうを見て「お父さんもやってみて」と言ってきた。それで、私も久方ぶりに一段高くなったところを歩いてみたが、バランス感覚の悪さは相変わらずで途中で落ちてしまい、それを見た子どもはきゃっきゃっと笑った。「お父さん、こういうの苦手なんだよ。」と言って私も笑った。平均台の苦い記憶を和やかな思い出に更新してくれた子どもに感謝しつつ、私は、両腕を横に伸ばして慎重に歩を進める子どもの後ろ姿を見守った。

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