私が子どもの頃に住んでいた家には、手動のかき氷製造機があった。そのかき氷機は、色は淡いブルー、形はかわいい顔をしたさるの格好をしていた。さるの頭の部分から氷を入れてふたを閉じ、ふたについている回転レバーを時計回りに回すと、レバーの底についている刃が回転して氷を細かく砕く。砕かれて細かくなった氷は、底に空いた小さな穴から落下していき、それを皿で受けてかき氷ができあがるという仕組みであった。
私と兄は夏休みの間、毎日、家の台所で、このかき氷機でかき氷を作っていた。私もかき氷機を回して氷作りを手伝ったが、回すのにかなりの力がいるので、小さい頃は主に母に作ってもらっていた。削られた氷は皿の上で少しずつ積み上がり、やがて三角形を作る。私は、細かい氷が皿の上で徐々に盛り上がっている様を横から見るのが好きだった。これからかき氷を食べられるというわくわくした気持ちで、細かなきらきらした氷の結晶が積みあがっていくのを眺める時間自体が楽しい時間であった。
氷の削り作業が完了すると、冷蔵庫からシロップの入った容器を取り出す。シロップは、白色、緑色、ピンク色、青色などその時々で冷蔵庫に入っているものが違っていて、それを氷の上にかけると、シロップがかかった氷の部分が溶けて少し形を変える。そして、仕上げは練乳である。今はもう売っていないかもしれないが、昔は赤と白のパッケージの缶の中に練乳がたっぷり入っている商品が売られており、缶切りで缶のふたのふちを数センチだけ切って開け、注ぎ口を作り、そこから練乳をかき氷に注ぎ込む。私は、この練乳が甘くて大好きだったので、母に練乳を多めにかけて欲しいとねだった。時には、母がかき氷を作っている間に、母の許しを得て練乳を缶から口に直接注ぎ込んで練乳だけをなめたりしていた。
かき氷が完成すると、兄と二人でかき氷を持って台所から和室に移動し、氷をスプーンでほぐしながら、夢中でかき氷を食べた。もし、かき氷というものがこの世の中になかったら、人生は今より幾分か味気ないものになっていただろうと思う。それくらい子どもの私にとってかき氷は夏休みに欠かせない存在であった。人生とはトリビアルな物や事の集まりでできている。その1つ1つが人生を少しずつ色彩豊かなものにしてくれている。あのかき氷機はもう処分されてしまったと思うが、私の心の中には、淡いブルーの色をしたさるのかき氷機が、ささやかだが欠かせない記憶として今でもしっかり存在している。
