私が育った家には芝生の庭があり、小学生の頃、その庭で兄や友達とよく野球をした。もちろん、野球と言ってもそこまで広い庭ではないから、投手が庭の端からゴムでできた柔らかいボールを投げ、もう片方の端にいる打者がプラスチックのバットで来た球を打ち、打球が前に飛んで庭の塀を越えればホームラン、塀を越えないものの痛烈な打球が前に飛んだらヒット、捕球できる緩いフライやゴロの打球はアウト、三振してもアウトというだけの遊びであり、野球の要素の1つである走塁や守備は省略された遊びであった。
さて、この庭は高さ1.5mほどの塀で囲まれていたが、打球が前に飛んで塀を越えるのでなく、横にそれて塀を越えてしまうこともよくあった。この場合、我々のルールではファウルとなる。ただ、打者から見て右手横にそれた打球が塀を越えた先には、私の家の敷地と道路を挟む形で、草が伸び放題の広い草むらがあった。その草むらに繁茂している草の背丈は50cm~1mほどあり、ひとたびボールが入ってしまうと、草の中にボールが隠れてしまい、ボールの発見は困難となる。
もっとも、だからといって小学生にとってはゴムボール1個も貴重品であり、その草むらへボールが飛んでいったからといって、すぐに諦めるわけにはいかない。手元に予備のボールが1個もないということも決して珍しくない。その場合、草むらへ飛んで行ったボールが見つからない限りその日野球を続けることができない。このため、私たちは、「いったんあの草むらへ入ったボールの発見は容易でない。というかかなり困難である。」というこれまでの経験の積み重ねによって否応なく形成された厳しい現実認識と、「もしかすると見つかるかもしれない、いやきっと見つかる、今日こそ見つかりそうな気がする。」という根拠なき淡い願望を胸に抱いて、バットを片手にみんなでその草むらへ分け入って、草をかき分けながらボールを探すことになるのであった。
さらに私たちにとって悪いことに、その草むらにはたくさんの名もなき虫たちが潜んでおり、5分もそこでボールを探した日には、大抵1、2箇所刺されることになるのは必至であった。このため、そこへファウルボールが飛んで行ったときには、みんなでその打球の行方を見送りながら、「あーあ」といった絶望感にも似た空気が漂う。そして、このような事態が、遊び始めて早々に起こることももちろんあるわけで、この場合、今日の野球は、始まるや否やゲームセット、という本当に絶望的状況に直面することになる。このようなことから、私たちは、この草むらとその怠惰な管理者を心の底から憎んでいた。
また、草むらを探索していると、その日草むらに飛んで行ってしまったボールとは違うボールが発見されることも時々あった。この「違うボールが発見される」というケースには2つのパターンがあり、1つは、かつて私たちが捜索を断念したボールが発見されるというパターン、もう1つは、全く見覚えのないボールが発見されるというパターンであった。後者のパターンであったことも1度や2度ではなく、これにより私たちは1度入ったら出られないこの忌み嫌うべき魔の草むらの被害者が、決して私たちだけではないことを知る。
もっとも、子どもというのは現金なもので、それがたとえ昔自分たちが失ったボールであろうが、どこかの知らない野球少年の遺失物ボールであろうが、とにかくボールが1個手元にあるという状態が回復したということで、私たちはさっきまで使っていたボールの捜索をあっさり切り上げ、発見されたボールを新たに迎え入れて、大好きな野球を続けるのであった。
あの草むらは今どうなっているのだろう。良い思い出なんてほとんど全くない草むらではあるのだが、少年時代の記憶の一部として今なお異質な存在感を放っている。
