小学校の生徒にとって学校の先生はほとんど絶対的な存在である。「先生のいうことは全て正しいこと」と純粋に思い込んでいた小学生の頃の私にとって、印象的だった学校での出来事がある。それは、私が小学3年生くらいのときに起こった。
私が通っていた小学校では「野外給食」とか「青空給食」とかいう名前の、普段は教室で食べる給食を外の中庭で食べるという行事があった。私の担任の先生は、帰りのホームルームの時間(通称「帰りの会」と呼ばれていた)に、明日は青空給食のため敷物を持ってくるよう言われた。私はそれを連絡帳にしっかり書き留めた。
翌日、私は、母に出してもらった敷物をランドセルに詰め込んで登校した。4時間目の授業が終わり、給食の時間になると、私のクラスの生徒は皆、敷物を持って中庭に出た。そして、給食を受け取った生徒から順に、空いている場所に敷物を敷いて座った。
さて、この青空給食というイベントは学年単位で行われていたため、他のクラスの生徒も中庭にやって来ていた。私は、敷物を片手にどこで食べようかとあたりを見まわしていると、隣りのクラスの担任の先生がどこからともなく現れ、私たちのクラスの生徒に向かって「このクラスの学級委員は誰や?」と聞いてきた。当時、私ともう1人の女子生徒が学級委員であったため、私たちは前に進み出た。
すると、その先生は、私たち学級委員とその背後の私のクラスの生徒に向かって、「あんたら、敷物を敷いて外で給食を食べているようだけど、私のクラスの生徒を見てみ。みんな敷物なんか敷かず地面にそのまま腰をどかーんと下ろして、たくましく給食を食べている。お上品に敷物なんか敷く必要ない。」というようなことを言われた。私は、まず、「敷物なしで給食を食べること=たくましい」という発想に、子どもながらに極めて強い違和感を覚えたが、何より、私たちが敷物を持ってきたのは担任の先生の指示であり、私たち生徒が自主的に「そうだ!明日は青空給食だから敷物を持っていこう!」と思い立って持ってきたのではない。それにも関わらず、私たちクラスメート、そしてその学級委員である私らを責めるような言い方をされて(少なくとも感受性の強かった私にはそのように感じられた)、私はしばらく言葉を失い、敷物を片手にその場に立ち尽くした。
今から振り返って考えると、私の担任の先生は、髪を茶色に染めてパーマをかけ、いつもしっかり化粧し、服装にも気を使っている女の先生であったのに対し、隣りのクラスの先生は、髪は黒色の短髪、化粧は全くといっていいほどしておらず、いつも白い半そでシャツとジャージのズボンというラフな服装の女の先生であり、見た目からして正反対の2人であった。余談だが、私は、この隣りのクラスの先生のことを、家などで勝手に「〇〇ぶーにゃん(〇〇にはその先生の苗字が入る)」と呼んでいた。何となくその先生の雰囲気から私が勝手に創り出したあだ名である。
このように、私の担任の先生と隣りのクラスの先生は、見た目や雰囲気からして、水と油くらい違う先生だったこともあって、隣りのクラスの先生からすれば、青空給食にわざわざ敷物を持たせる私のクラスの担任の先生のやり方を内心よく思わなかったのかもしれない。それで、その先生の指示で敷物を持参した私たちクラスの生徒に一言述べることで、私の担任の先生のやり方を間接的に批判したということなのかもしれない。もしそうだとすれば、私たちはいわば先生同士の争いに巻き込まれた格好になったわけである。
「先生の言うこと=正しいこと」という式が頭に出来上がっていた凡庸で純朴な小学生だった私は、ぶーにゃん先生の持論を、目を丸くしてただ黙って聞いていた。先生の間でも言っていることに違いがあり、時には意見が対立することもある、すなわち、先生の言っていることも絶対ではないのだ、ということを知った原初の体験であったからなのか、私はこのエピソードを、あれから30年以上経った今でもよく覚えている。
